病気平癒

病気平癒祈願!それなら神様が望むことをしてみませんか?

あなたの家族が難病にかかり
手術をしないと余命2か月だったら?

その手術も費用が2億円としたら?

あなたの家族が末期癌で余命1か月と
告知されたら、どうしますか?

最後は神様に祈ることしか
出来ないんじゃないでしょうか?

病気平癒祈願にどこが良いのか?

日頃、神様なんて信じない!と言いながら
最後は神様にすがるもの。

しかし神様だって、助ける人を
選ぶのは当たり前じゃないでしょうか?

神様に助けて欲しいと思っているなら
常日頃から神様が望むことを
積み重ねる必要がありますよね?

伏木香取神社

「ふせぎかとりじんじゃ」と、読みます。
場所は、茨木県猿島郡境町伏木です。

ご祭神:経津主大神(ふつぬしのおおかみ)

清々しい雰囲気が邪気をはらい
心を清めると評判ですね。

遠方に住んでいるあなたには嬉しい
オンラインご祈祷を申し込めます。

狭井神社

場所は奈良県桜井市三輪1422。

病気平癒の神様として製薬関係者の信仰も
篤い狭井神社(さいじんじゃ)は
三輪の神様の荒魂(あらみたま)をまつる
神社であり

病気平癒の力強いご神威から、多くの方が
病気平癒の神様として信仰しています。

神様はいない?

あなたは「神様」という言葉に、たぶん
うさん臭さや宗教への勧誘といった
イメージを持ったかも知れませんね。

私も若いころは、あなたと同じでした。

でも、よく考えてみましょう。
あなた自身、神社へ詣でた経験って
何回かありますよね?

・受験の合格祈願

・恋愛成就祈願

◎初詣

・出産(安産)祈願

など・・・

人は最後の最後には、神に助けを乞うもの。
自力じゃどうにもならないからこそ
神にすがるんじゃないですか?

ましてや、医者もさじを投げた病気なんか
どうしても助かってほしい!という
そんな悲痛なお願いほど・・・

それでも助からない時は助かりません。

神様は無慈悲なのでしょうか?

参道のもう一つの意味

鳥居をくぐって手をすすいだら
普通は石畳の参道を歩いて本殿へ。

お賽銭を投げ、長く伸びた紐を掴んで
鈴をジャラキャラと鳴らします。

絶対に置いてある訳ではないけれど
あなたが手を合わせた その先には
【御心境】なる鏡を置いてる所があります。

そして、今来た参道を引き返して
鳥居をくぐって出ていきます。

それが何か???

って思いましたよね?

「参道」という字を【産道】に
置き換えて再度詣でてみましょう。

鳥居は女性のアソコです。そうです!
参道(産道)とは膣ってことですね?

長く下がった紐を揺らして鈴を鳴らし
投げたお賽銭(精子)はお賽銭箱(子宮)

御心境に映るあなたに、あなた自身は
手を合わせて自分を拝んでいます。

母の胎内に宿った まさに
神様と繋がっている あなた自身にです。

そして参道(産道)を引き返して
鳥居を後にすれば「出産」です。 

初詣の回数だけ、詣でた数だけ
あなたは何回も生まれ変わってきたと
いうことになりますね?

神様は、神社に詣でるという事を通して
人は何回も生まれ変わるのだと
私達に伝えているんじゃないでしょうか?

肉体は魂の乗り物。古くなれば
乗り物としての役目が終わります。

何回も生まれ変わるってことは
魂は不滅ってことじゃありませんか?

死んだら終わりなんて、嘘ですよ。

今世での人生ゲームが終わるだけで
次の人生ゲームが待っているだけでしょ?

だからと言って命を粗末にしていいって
言っている訳ではありませんよ?

とはいえ、別れは辛いものですが・・・

神様が望むこととは?

あなたが何回も生まれ変わるのは
前世で、又は生まれ変わる度に
やり残した「宿題」をするため
という方がいます。

大多数の方は、前世での記憶を忘れて
今世で人生ゲームをやります。

やり残した「宿題」を誰もが自分の目で
確認できないんですよね。見えないから。
見えていれば納得できます。

見えないことに意味がある。

そうすることで、魂は向上していくと
いうことなのでしょうか?それが神様の
意思ということなのでしょうか?

見えないものを見えるようになりなさい

魂が向上するということは
そういうことなのか?と思います。

つまり神様が望んでいることは
あなたの魂が向上すること
なのではないかという気がします。

やり残した「宿題」を消化することが
今世での、あなたにとっての学び。

やり残した、見えない「宿題」に対して
「あいつのせいだ」「何で私だけ?」
といった不平や不満、愚痴を言ったら
きっと神様は

「お前、何も学んでないな」

と思うはず。

それを目に見える「病気」という形で
何を学ぶかを教えてくれている気がします。

看脚下

「脚下を看(み)よ」とは
五祖法演禅師が三人の弟子との暗夜行路中
風で灯火が消えてしまいました。

そのとき法演は弟子たちに、命じました。

「一転語を下せ。」と。

転語(てんご)とは、さとりの心境を
表す言葉です。 つまり

「暗い夜道では灯火が頼りなのだ。しかし
それとて風で消えてしまった今
お前たちは何処へ行くべきか
速やかに言いなさい!」

と、言っているのです。

暗夜行路とは人生のことです。
杖や柱といった頼るべきものを失った時
人生をいかにして送るべきなのか?

そのために、脚下をよく見なさいといった
仏の教えを思い出しなさいという
意味もあります。

脚下・・・それは自己を凝視すること。

神様は「病気」という目に見える形で
あなたに「どこが間違っているのか」を
教えてくれています。

病気は、あなたの内側から来ています。

あなたの心に灯をともせば
脚下は照らされて安心するはず。

愚痴や不平、不満、陰口なんかは
せっかく灯った灯りを消す言葉です。

愚痴や不平、不満、陰口が多い人は
癌になりやすいって知ってますか?

だったら

心に灯をともす言葉を言いませんか?

「いつも、ありがとう」

あなただって、ありがとうって言われたら
心に灯がともりますよね。

相手の心に灯をともすことを
神様はあなたに やって欲しいと
願っているんじゃないでしょうか?

そんなあなたを神様は
辛いときは助けてあげたい!って
思ってくれてると信じています。

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